血友病診断2年半後の真実。やっぱり虐待を疑われていた1歳半検診。

血友病診断2年半後の真実。やっぱり虐待を疑われていた1歳半検診。

当サイトのブログは「虐待を疑われた1歳半検診」というタイトルで始まりました。

痣の症状が特徴的な血友病では、希少疾患で認知度が低いが故に虐待を疑われる事は少なからずあるのですが、血友病の診断を受けるきっかけとなった1歳半検診時、ちょうど痣があった息子を連れて「虐待を疑われないか」と周囲を気にしていました。

もちろん、虐待など一切ないので堂々とした立ち振る舞いをし検診に望んでいましたし、「虐待しているように見られている」と感じていたのは自分だけの不安だと思っていました。

 

しかし、先日保健センターに手続きに行った際に息子の病気について話す機会があったのですが、あの「虐待を疑われた1歳半検診」は事実であったことを知らされました。

あの時の何とも言えない感情が辛く蘇り、今更そんな真実を知らされるのかと苛立ちさえも感じてしまいました。

 

今回のブログは少し愚痴っぽくなってしまいますが、これもまた人と接する難しさを学ぶ機会として最後までお付き合い下さい^^;





痣だらけの息子はインパクトが凄かった

 

先日、保健所である手続きを行った際、息子の病気について保健師さんと話す機会がありました。

病名・症状、そして病気が分かったきっかけである「1歳半検診時に検査を勧められた」と言う事を話すと・・・

 

 

保健師さん 「あっ!あの時の!!私、その場に居たんですよ!!」

 

私 「そんなんですね。覚えていらっしゃいますか?」

 

保健師さん 「覚えてるよ!あの時も痣あったよね

 

私 「そうでしたね、覚えていらっしゃるんですね」

 

 

気さくで話もしやすい方でしたが、「何をそんなに喜んでいるのか」というくらいテンションが高く、既に温度差を感じていました。

そして、やはり息子の身体にあった痣は普通ではなく「側から見れば異常だった」と言う事を痛感し、血友病の診断を受けるまで大事に至らなくて本当に良かったと思うと同時に、当時かかりつけだった個人院に頼りきりだった自分を情けなく感じました。

 

 

私は虐待しそうな母親?

 

痣だらけだった息子とその母親である私は1歳半検診の注目の的でした。

確かに、自分の不安な気持ちもありましたが「冷たい視線」を感じていたことを記憶しています。

特に当時の息子は病院が嫌いで、服を脱ぐ時も、体重計に乗る時も、身長を測る時もずっと泣いていたので尚更目立っていたかもしれません。

 

そんな息子を一生懸命あやしていた頃、それを見る保健師さんたちは「虐待しそうなお母さんじゃないのに」と思っていたそうです。

 

保健所が虐待に敏感なのは十分理解できますが、それを今になって「虐待しそうなお母さんじゃない」と言われても、ちっとも嬉しくありません。「虐待を疑われていた」という真実だけで十分私は傷ついています。

 

 

「お母さん、良かったね」

 

保健師さんと息子の病気について話し、手続きも終盤に差し掛かった頃。

 

 

保健師さん 「いやぁ、でも本当に息子さんの病気が分かって良かったね」

 

私 「そうですね。重篤な怪我をする前に治療を開始できて本当に良かったです」

 

保健師さん 「そうだよね!本当に良かった!病気が分かって良かったよ」

 

 

「良かった」と何度も繰り返す保健師さん。少しひねくれてしまいますが、虐待を疑われていた私には「虐待じゃなくて良かった」と聞こえてしまいました。

「何が良かった?息子が虐待ではなく病気で良かったのか?」とマイナス思考になりながらも、保健師さんはただ親身にお話しして下さっているだけだと心を鎮めていました^^;




虐待を疑われてからの保健所の対応

 

私は虐待を疑われていた訳ですが、その後何かアクションがあったのか?

いいえ、何もありませんでした。1歳半検診後すぐに血友病の診断を受け小児慢性の手続きに伺ったので、その情報が入っていれば虐待に関する訪問もないとは思いますが、実際、今回の保健師さんは息子が虐待ではなく病気だった事を知りませんでした。

 

もしも私が息子に虐待を行なっていたら。今回お話した保健師さんや1歳半検診で虐待を疑っていた保健師さんはこの数年間、どんな気持ちで過ごされていたのでしょうか?

虐待報道がされる度に息子の事を思い出していたのでしょうか?

いや、むしろ忘れていたのではないか?

 

虐待を受ける子供を守る大切な機関である保健所であれば、「虐待が疑われた息子がその先どうなったのか知っていてほしかった」と、何だか悲しい気持ちになりました。

 

 

病気を抱えて他人と関わる難しさ

 

以前にもお話ししたことがあるかと思いますが、息子が血友病と診断されてから「他人と病気について話すのは非常に難しいことだ」と感じるようになりました。

今回のお話でも自分自身で悲観的だと感じる部分はありますが、根本的には「私たちに寄り添おうとしてくれているんだ」とそう思っています。

それでも、ふとした言葉に引っかかったり悲観的になってしまったり、優しい気持ちがなくなってしまう瞬間というのがあるんですよね。

 

これは病気に関わらず誰もが経験する感情だと思いますが、特に当事者でなければ理解されにくい病気なら尚更、傷ついてしまうかもしれません。

 

病気は治療だけではない。自分と他人と病気の関係性を上手く作っていくことも重要なのかもしれません。

病気をオープンにできる人、隠しておきたい人など様々な選択がある中でも、幼い頃から築いていける家族や病院との絆はとても大切なように感じますね。